使おうAED 減らせ突然死

減らせ突然死プロジェクト コンテンツ
AED10年目の想い

西本泰久写真
西本泰久 NISHIMOTO yasuhisa
  • 京都橘大学 現代ビジネス学部 教授
  • NPO法人 大阪ライフサポート協会 理事長

AEDの市民使用10年に当たって

AEDは、高円宮殿下の突然死、日韓共催のワールドカップサッカーをきっかけに2004年7月からAEDの一般市民の使用(以下PAD)が認められるようになりました。 大阪ライフサポート協会では、2005年8月から、AEDを含む心肺蘇生法の普及活動を開始しました。 その頃には、AEDの普及はまだまだ十分とはいえませんでした。

1992年までは、電気ショックは病院で行う治療であったものでしたが、1992年に救急救命士制度ができ、救急車に除細動器を積んで現場まで出動するようになりました。 これは、病院に着いてから電気ショックを行っても手遅れとなることが多く、救命率の向上が望めなかったからです。 しかしながら、救急車で救急現場に除細動器を持ち込んでも、救命率の向上が図れなかったことから、現場に居合わせたBystanderに電気ショックを行ってもらおうということから2004年からAEDの普及が始まりました。 それまでは、身体に強力な電流を流すための治療器(除細動器)は医療機器として販売や使用は制限されていた物が、市民に開放されるという画期的なことだったわけです。 その裏には、AEDの安全性の確保というハードルを確保する必要があったことは想像に難くありません。 今では、旅客機にもAEDが搭載されており、その安全性・確実性は確固たる物となり、価格もかなり安くなってきています。 PADによる救命率も38.2%(平成22年)と増加してきています。マラソンなどではAED設置が常識となり、多くの救命例も報告されています。 すでにAED設置数は30万台を超え、人口あたりのAED設置数では我が国は既に米国を抜いたと聞いております。

PAD開始後10年が経過し、AEDの設置が進んできました。しかしながら、Bystanderが心肺蘇生法やAED使用を自信がないからと躊躇していたのでは命を救うことは出来ません。 また、心肺蘇生法とAEDの普及を図っても、AEDの設置位置がわかりにくかったり、メンテナンスが不十分であったりしたのでは、いざというときに役立ちません。 これから、ますます器材の消耗や劣化が問題となってきます。市民の皆様には、生涯に一度か二度の遭遇するかもしれない急変に対して、心肺蘇生法とAEDを、勇気を持って対応できるように啓発していく必要があると考えています。